未曾有の高齢化社会を迎えた我が国で今後ますます増えることが予想される病気は認知症ことにアルツハイマー病である。この病気は近時記憶障害や集中力低下などの症状で発症し、終には人格を荒廃させてしまうので、「21世紀のペスト」とも表現し得る空恐ろしさを秘めている。しかし、40歳代から始まって20年もかかって徐々に進行してゆくので、それなりの対策はできない訳ではない。その中で最も大事なのは食事であり、ことに、毎日の家庭料理に使う食用油の種類と品質が問題である。
戦後、栄養事情が悪かった我が国では、お手頃の値段で購入できて栄養価が高い、大豆油やコーン油、菜種油などのオメガ6系のリノール酸を主成分とするサラダ油が推奨されてきた。しかし、製油工場で大量生産されるこれらのサラダ油は高温処理による精製過程ですでに毒物ができており、さらに、台所で揚げもの料理を作る際の加熱によって毒物がさらに増加することが最近の研究でわかってきた。この毒物は海馬など記憶の指令センターの神経細胞にダメージを与えるため、サラダ油はアルツハイマー病の大きな原因となる。
平均寿命が百歳に近づきつつある今日、健康寿命を少しでも延ばし、中曽根康弘元首相や日野原重明博士のように百年賢脳で過ごすための必要条件はサラダ油を使わないこと、十分条件はオメガ3系のαリノレン酸を主成分とする賢脳油を使うことである。
サラダ油が脳を劣化させ、からだにも良くない理由は少なくとも3つある。
① サラダ油の主成分であるリノール酸が体内で代謝されると、トロンボキサンやロイコトリエン、プロスタグランジンなどの炎症を引き起こす物質を産生する。これらは、血管内で血栓を作りやすくし、アレルギーやアトピー、癌などの原因となり得る。血栓は大血管を詰まらせると半身マヒや失語症などの症状を呈する脳梗塞の原因となるだけではなく、毛細血管を詰まらせると脳全体の慢性血流不足状態を作り出し、高次脳機能を障害してしまう。
② サラダ油には善玉コレステロールを減らし悪玉コレステロールを増やすトランス脂肪酸が含まれている。肥満者や糖尿病患者が多い西欧諸国ではトランス脂肪酸については異常なほど神経質であるが、我が国は官民共に異常なほど鈍感である。サラダ油は動脈硬化や高脂血症などの直接の原因となることに関して国民の危機感がなさ過ぎる。
③ サラダ油の精製過程で行う高温処理によって、主成分であるリノール酸が酸化されてヒドロキシノネナールという毒物を作り出す。このヒドロキシノネナールは厄介なことに天ぷらやフライなど揚げもの料理の際にさらに増えて、揚げ物のころもにしっかり滲み込む。そして、食べものとしていったん体内に入ると、まるで毒ガスのように拡散しあちこちでドミノ倒しのように錆びの連鎖をもたらす。
したがって、三者のうちで最も厄介なのは、③のヒドロキシノネナールである。この毒物は神経細胞の膜を錆びつかせ、その機能を悪くする。しかも、リソソームという蛋白のリサイクル工場にゴミ蛋白を運んでいる熱ショック蛋白(Hsp70)に強烈な酸化損傷を与えてしまう。その結果、リソソームは破裂してしまい、唐辛子のように強烈なカテプシン酵素が細胞内にばらまかれて、最終的に神経細胞は死んでしまう。この神経細胞死がアルツハイマー病やパーキンソン病などの神経難病の根本原因となっている。
人体は電磁波、宇宙線、紫外線、排気ガス、工場のばい煙、タバコの煙など種々の酸化ストレスに曝されている。その最たるものは宇宙飛行士が浴びる宇宙放射線である。これらの酸化ストレスは、人体を構成する蛋白や脂質、遺伝子などに酸化損傷を与えてしまう。その理由は、人体の6割以上を占める水(H2O)がこれらの酸化ストレスを受けるとヒドロキシラジカル(HO・)という強力な活性酸素を発生するからである。活性酸素は白血球が細菌やウイルスを殺すのに用いられるという一利はあるものの百害をもたらすので、毒性酸素と言っても言い過ぎではない。したがって、科学的見地からすれば宇宙食を作る際には酸化で傷みやすいサラダ油は絶対に使用すべきではないというのが私の考えである。同じことは、放射線や紫外線を浴びつつ長時間のフライトをする国際線のパイロットにも言えるだろう。理論的には、宇宙飛行士や国際線パイロットにアルツハイマー病やこころの病いが多発しても不思議ではない。現状では、宇宙食や機内食を調理する油は彼らの脳とからだを守る賢脳油でなければならないというコンセプトは存在しないが、近い将来、私の考えも反映されるだろう。
ヒドロキシラジカルは不安定な物質で、自分が化学的に安定な状態となるために、生体分子から電子(e-)を奪ってしまう。これによって、蛋白や脂質、遺伝子などの化学構造が不安定な状態となり、錆びついてしまう。いわゆる、抗酸化物質というものはそれ自体が酸化されやすいので、生体分子の身代わりとなって酸化されることが、細胞やからだを守る作用をもたらす訳である。健康食品として店頭に出ているアスタキサンチンやビタミンC&E、および水素水なども影武者として代わりに錆びついてくれることでからだを守ってくれる。これらの健康食品は,ビンやボトルの中ではビニール袋によって空気とは可及的に触れないような工夫がなされている。体内に摂り込まれる前にサプリ自体が酸化によって傷まないようにメーカーが配慮しているからだ。
細胞膜は臓器によって違う機能を持っている。皮膚の細胞は丈夫でバリアー機能を果たしているし、消化管の粘膜上皮細胞は栄養の吸収という大事な役割を担っている。神経細胞は互いにつながり合ってネットワークを形成し、リアルタイムで電気信号を伝達している。この目的を果たすために、神経細胞の膜は他のどの細胞よりもみずみずしくなければならない。神経細胞膜がみずみずしくあるためには、多価不飽和脂肪酸という「潤滑油」が必須である。多価不飽和脂肪酸には炭素の2重結合がたくさんあるので、融点は低くなり常温では液体である。ヘットやラード、バターが常温で固まっているのは、これらの成分は炭素の2重結合がない飽和脂肪酸であるために、融点が高いからである。飽和脂肪酸は皮下脂肪や内蔵周囲脂肪、血管壁のコレステロールのようにからだの中で固形物となる運命にある。
リノール酸を主成分とするサラダ油もαリノレン酸を主成分とする賢脳油も不飽和脂肪酸なので、見た目には固形ではなく液体である。したがって、サラダ油にも賢脳油にも細胞膜をみずみずしくする作用がある。ただ、両者の違いはみずみずしさがいかに長持ちするか、最終的に錆びついてしまった時に毒物を出すか出さないかである。
賢脳油は、えごま油やあまに油など魚油の成分と同じものであるが、抗酸化成分や抗炎症物質を多く含む米ぬか油やごま油、オリーブ油などもその仲間に入れて良い。サラダ油も賢脳油も所詮錆びてしまう運命にある。たとえば、サラダ油は精製処理や料理中の加熱により、からだに入る前にもう錆びてしまっている。しかし、えごま油やあまに油などの賢脳油は低温圧搾で製造されたものが多く、料理する際も加熱はほとんどしないので、からだに取込まれた時点ではまだ錆びついていない。サラダ油と賢脳油のもう一つの決定的な違いは、サラダ油はリノール酸の含有量が圧倒的に多いので酸化されるとヒドロキシノネナールという毒物を作ってしまう。これに対し、米ぬか油やごま油などの賢脳油はそれぞれγオリザノールやセサミンなどの抗酸化成分が多いため加熱に強い。また、たとえ加熱によって酸化されたとしてもリノール酸の含有量が少ないのでサラダ油のようにヒドロキシノネナールを作ることがない。
サラダ油と米ぬか油で揚げもの料理を作った後、両者を比較すればその違いは一目瞭然である。サラダ油を使った揚げ物油は工場廃液のようにどす黒く濁っており、鍋にも黒い料理カスがびったり付着している。これに対し、米ぬか油を用いると、油も鍋も汚れが少ないのでびっくりする。この汚れの違いこそ、ヒドロキシノネナールの産生が多いか、少ないかを象徴している。体内で同じことが起きていると考えると、サラダ油の揚げ物はとても食べる気がしない。サラダ油料理を食べると食後の胃もたれは遷延し、お腹も緩みやすい。しかし、米ぬか油の場合は素材の味が引き立ち、料理がおいしいだけではなく、食後も快適そのものである。
ポリフェノールやレスベラトロール、オレオカンタールなどの抗酸化/抗炎症成分を含むオリーブ油は炒め物やサラダのドレッシングに向いている。トーストにつけて食べても、生ジュースにスプーン一杯入れて飲んでもおいしいし、健康に良いことこの上ない。しかし、エクストラバージンオリーブ油であれば、パスタや野菜炒め、玉子焼きなど、短時間の加熱料理にもぴったりである。
細胞膜を劣化させるサラダ油を止め賢脳油を摂れば、細胞膜をみずみずしく保つことができる期間が伸びるのは当たり前。神経細胞膜のみずみずしさは見た目には分かりにくいが、お肌のみずみずしさはすぐ分かる。意識して賢脳油を摂り始めると、2〜3週間後にはお肌がツルツルしてくる。そして、2〜3ヶ月後には頭の回転が良くなり、記憶力だけではなく集中力や注意力も改善し、仕事の段取りが良くなってくるはずである。ただ、このような変化は少しずつ微妙に起きてくるので、変化に気付く方は少ないかも知れない。高次脳機能というのは、余程良い時か、余程悪い時しか、ヒトは自覚しないし、できない。
以上の理由から、サラダ油を止めて賢脳油に変えた方が脳機能を高めると同時に脳の劣化を防ぐ上で良いことは明らかである。しかし、賢脳油はオリーブ油以外はあまり知られておらず、サラダ油に比べて値段が高いので、家計を預かる主婦にとってはどちらかと言うと敷居が高い。そして、どこで、どんなモノを買い求めれば良いのかについても、情報は少ない。
本書は従来の料理本とは全く異なる、新しいコンセプトで、脳科学と料理、盛りつけ、写真、イラスト、および出版のプロがチームを作って企画したものである。その目的は、上記の切実な悩みをあっさりと解決しようとするものである。サラダ油を台所から駆逐したけれども、サラダ油を原料として作られたマヨネーズやドレッシング、マーガリンなどを使用しているのでは、本末転倒である。賢脳油を使ったマヨネーズは、本書のレシピに従えば台所に立ったことがない方でも、ミルサーさえあれば10分程度で簡単に作ることができる。ドレッシングに至ってはジャムの空き瓶などを使えばものの2〜3分でできてしまう。そして、いったん、基本原理を理解してしまえば、賢脳油の種類を変えたり香辛料を加減したりすることで、自分好みのものをいくらでも手作りできる。応用範囲が広いのである。マヨネーズやドレッシングを手作りするだけで、野菜サラダや温野菜、カルパッチョ、サンドイッチの味が激変してしまうし、料理のレパートリーも一挙に増える。おいしいだけではなく、脳を育て守り、お肌や血液をきれいにサラサラにしてくれる。一石二鳥どころか、一石三鳥なのである。
賢脳油を使った本書のレシピを考案し、実際に創作料理を作って頂いた林 葉子さんは、娘さんのアトピーを何とかしたいとの一念で「サラダ油から脱却し、賢脳油を使う」という、DE-OILのコンセプトを思い付いた。世界中で料理本は数多あるに違いないけど、サラダ油を全く使用しない料理レシピの本というのは、おそらく本書のみであろう。
認知症やアルツハイマー病、うつ病、発達障害、注意欠陥多動症などの「脳と心の病い」にかかわる医療費は目覚ましい勢いで増え続け、今や総医療費の3分の1以上を占めている。医療費がかさばるだけではなく、国全体としての生産性も低下するので、国も自治体もダブルパンチの状態である。
神経細胞はいったん枯れ始めると、どんなに高価な薬剤を服用してもその機能は元には戻らない。細胞も臓器もヒトのからだも最終的には朽ち果ててしまう運命にある。それを止めようとするアンチエイジングは不可能であるが、老化のスピードを遅らせようとするスローエイジングなら不可能ではない。脳の病気だけではなく、動脈硬化、高血圧症、糖尿病、高脂血症、アトピーなども細胞膜の酸化損傷が根本原因である。
高血圧のヒトが降圧剤を服用しつつ、毎日三度の食事に味噌汁を飲んでいては塩分の過剰摂取となり、降圧剤の効果は半減してしまう。病気を治すのは医者だけでなく、患者自身である。患者自身がしっかりとした自覚を持って自ら努力しなければ、治療効果は半分しか出ない。あくまでも患者さん御自身がその気になって、病気を克服する努力をしなければならない。患者自身が行う努力の中で最も重要なのは、食事である。料理に使う油を工夫するだけで、薬の効果が倍増する。外食でサラダ油を使った油を避け、ファストフードやスナック菓子を避けるのも重要である。油は健康の元であると同時に、病気の元でもあることを私たちはもっと自覚しないといけない。美人のタレントや歌手が出て来る広告やテレビのコマーシャルを鵜呑みにせず、しっかりとした自分の意見を持つ必要がある。
本書は企画第1弾であるが、今後は独身者や単身赴任者、受験生、アスリート、団塊世代のみならず、もの忘れやうつ、アトピー、高血圧、高脂血症、糖尿病などに悩む患者をも対象としたシリーズ本が次々と刊行される予定である。 「サラダ油よさらば! 賢脳油よ今日は!」 皆さん、私たちと一緒に医食同源を実践してみませんか?